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近藤心音の棄権!理由はなぜか 怪我の容態とビッグエア出場の可否について

2026年2月7日、イタリア・リヴィーニョのスノーパーク。突き抜けるような青空とは対照的に、現地のプレスセンターや日本のファンの間には、重苦しい空気が漂っていました。

ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季オリンピック、フリースタイルスキー女子スロープスタイル予選。スタートリストに名を連ねていたはずの日本のエース、近藤心音(こんどう ここね)選手(22=オリエンタルバイオ)の名前の横に、無情にも「DNS(Did Not Start)」の文字が刻まれたのです。

4年前の北京五輪でも、直前の公式練習で右膝前十字靭帯断裂という大怪我を負い、戦わずして涙を飲んだ彼女。「雪辱」を誓って臨んだはずのこのミラノの地で、あろうことか再び「棄権」という残酷な結末が待っていました。

「なぜ、またしてもなのか?」 「怪我の状態はどれほど深刻なのか?」 「残されたビッグエアへの出場は絶望的なのか?」

ネット上では《言葉が出ない》《あまりにも残酷すぎる》といった悲痛な声が溢れかえっています。本記事では、現地からの情報や本人の涙の告白、そして過去の経緯を徹底的に精査し、近藤心音選手を襲った悲劇の全貌と、今後の可能性について多角的に分析・解説します。

この記事で解き明かす真実
  • 衝撃の瞬間:予選開始直前に表示された「DNS」と現場の混乱
  • 悪夢の再来:2月5日の公式練習で起きた転倒事故の知られざる詳細
  • 絶望的な診断:本人が明かした「前十字靭帯損傷」「骨挫傷」という壊滅的な容態
  • 今後の展望:エントリーが残る「ビッグエア」への出場の現実的な可能性
  • 因縁の考察:なぜ彼女は五輪直前に怪我をするのか?競技特性とメンタルの相関関係

1. 近藤心音がミラノ・コルティナ五輪スロープスタイルを棄権した衝撃の瞬間

それは、まさに一瞬の出来事のように感じられましたが、その背後には数日間にわたる壮絶な葛藤がありました。世界中が注目するオリンピックという檜舞台で、近藤心音選手の姿が消えたその瞬間、何が起きていたのでしょうか。

1-1. 「DNS」の表示に凍りついた会場とファンの絶望

日本時間の2026年2月7日夜。テレビの前で固唾を飲んで見守っていた日本のファンは、画面に映し出されたリザルトを見て我が目を疑いました。

近藤心音選手のステータスを示す欄には、滑走タイムではなく「DNS」という3文字が表示されていたのです。

DNSとは「Did Not Start」、つまりスタートラインにすら立てなかったことを意味します。怪我や体調不良など、っぴきならない事情がある場合にのみ用いられるこの表記は、選手にとって「敗北」以前の「戦線離脱」を意味する最も悔しい結末です。

SNS上では、この瞬間から動揺が広がりました。

《嘘でしょ?またDNS?》 《北京のデジャブを見てるみたいで辛い》 《スタート台に立つことすら許されないなんて》

会場のリヴィーニョは、アルプスの絶景に囲まれた美しい場所ですが、近藤選手にとっては4年前の悪夢がフラッシュバックする、残酷な場所へと変貌してしまいました。

1-2. 古賀結那は奮闘も予選敗退…明暗分かれた日本代表の現在地

一方で、近藤選手と共に日本代表としてこの舞台に立ったのが、初出場の古賀結那(こが ゆな)選手(23=城北信用金庫)でした。

エース不在という緊急事態の中、古賀選手にかかるプレッシャーは計り知れないものがあったはずです。しかし、彼女は気丈に振る舞い、予選1回目から果敢な滑りを見せました。

1回目こそ35.66点と伸び悩みましたが、2回目には修正能力を発揮。ジブセクションをスムーズにこなし、勝負のジャンプセクションでは、後ろ向き滑走からの2回転半(スイッチ900)などの大技に挑戦しました。

結果は42.90点の18位。決勝進出ラインとなる上位12名(ボーダーラインは約54点)には届かず予選敗退となりましたが、彼女が見せた「攻める姿勢」は、沈みかけた日本チームに一筋の光をもたらしました。

試合後、古賀選手は「五輪でしか見られない景色が見られて本当によかった」と語りつつ、「ここに立てたのは私の力じゃない」と周囲への感謝を口にしました。その言葉の裏には、隣にいるはずだった近藤選手への思いも込められていたのかもしれません。

2. 近藤心音が棄権した理由はなぜか?公式練習で起きた悪夢の再来

なぜ、近藤選手はスタート台に立てなかったのか。その直接的な原因は、予選のわずか2日前に起きた、あまりにも不運なアクシデントにありました。

2-1. 2月5日公式練習での転倒アクシデントと救急搬送の全貌

時計の針を2月5日に戻します。本番に向けた調整が大詰めを迎えていた公式練習日。

現地からの報道によると、近藤選手はコース内のジャンプ台(キッカー)を使用した練習を行っていました。アプローチを滑り降り、空中に飛び出したその瞬間、彼女の身体バランスが崩れました。

フリースタイルスキーにおいて、空中で軸がブレることは致命的です。修正を試みたものの、重力には逆らえず、彼女は雪面に激しく叩きつけられました。

その衝撃の強さは、彼女が自力で起き上がれなかったことからも明白です。すぐにコース上のパトロール隊が駆けつけ、ストレッチャー(担架)に乗せられての緊急搬送。そのまま救急車で病院へと運ばれる事態となりました。

この光景は、4年前の北京五輪で彼女が右膝を抱えてうずくまったシーンと、あまりにも酷似していました。

2-2. 「問題ない」というコーチの言葉と裏腹だった深刻な実態

事故直後、現場は情報が錯綜していました。

日本代表の津田健太朗コーチは、搬送直後のメディア取材に対し、「左膝に痛みを訴えているが、多分問題ないとは思う。念のため医者にチェックしてもらう」といった趣旨のコメントを残しています。

この言葉を聞いた多くのファンは、「打撲程度で済んだのかもしれない」「念のための検査だろう」と希望を持ちました。実際、翌日6日の公式練習には、近藤選手がコースに姿を現し、調整を行う様子も目撃されていたのです。

しかし、これは「軽傷だったから」ではありませんでした。今にして思えば、それは「選手生命を賭してでも出場したい」という、彼女の悲痛なまでの執念が見せた行動だったのです。

実際には、搬送された病院でのMRI検査の時点で、医師からは「競技続行は不可能」という非情な診断が下されていた可能性が高いです。それでも彼女は、痛みを押し殺し、奇跡を信じて翌日の練習に参加していた——。その精神力を思うと、胸が締め付けられます。

2-3. 北京のトラウマか?強風と人工雪が招いた悲劇の連鎖

なぜ、トップアスリートである彼女が、これほど重要な局面で転倒してしまったのでしょうか。

専門的な視点から分析すると、いくつかの要因が浮かび上がります。

  • 人工雪の硬さ:近年、温暖化の影響で五輪会場の雪は人工雪の比率が高まっています。リヴィーニョのコースも例外ではなく、氷のように硬いバーン(雪面)は、着地の衝撃を逃がしてくれません。わずかなミスが、骨や靭帯への直接的なダメージに繋がります。
  • 山間部の不規則な風:アルプス特有の強風も選手を苦しめます。ジャンプの瞬間に突風に煽られれば、空中で体勢を整えることは困難を極めます。
  • 心理的なプレッシャー:そして何より、「北京の悪夢」というトラウマです。「また怪我をするかもしれない」という無意識の恐怖心が、身体の動きを極コンマ数秒硬直させ、それが致命的なミスに繋がった可能性も否定できません。

3. 近藤心音の怪我の現在の容態について:歩行すら困難な現実

棄権が決まった後、ミックスゾーン(取材エリア)に現れた近藤選手。その口から語られた診断結果は、当初の「問題ないかも」という楽観論を完全に打ち砕く、絶望的なものでした。

3-1. 涙の告白「前十字靭帯損傷、半月板損傷、骨挫傷」という絶望的な診断

溢れる涙を拭いながら、彼女は自らの怪我の詳細を明かしました。その内容は、膝関節の主要な構造がほぼ全て破壊されていることを示すものでした。

左膝の前十字靭帯(ACL)損傷内側側副靭帯(MCL)損傷、あとは半月板の損傷骨挫傷まで起こしていて…」

スポーツ医学の知識がある方なら、この言葉を聞いて戦慄したことでしょう。

損傷部位 一般的な症状と競技への影響
前十字靭帯 膝の前後動を制御する重要パーツ。断裂すれば手術必須。全治8ヶ月以上。
内側側副靭帯 膝の横方向の安定性を担う。激痛を伴い、膝がグラグラになる。
半月板 クッション材。損傷すると膝の曲げ伸ばしが不能(ロッキング)になることも。
骨挫傷 骨内部の出血。骨折の一歩手前。強烈な打撃を受けた証拠。

これらは単独でも「今季絶望」レベルの大怪我です。それが複合的に発生している状態は、いわば「膝が壊れている」状態であり、彼女自身が語った「本来であれば歩くことも不可能だと思う」という言葉は、決して大袈裟な表現ではありませんでした。

3-2. 右膝に続き左膝も…アスリート生命を脅かす複合的なダメージ

さらに事態を深刻にしているのは、今回負傷したのが「左膝」であるという点です。

彼女は4年前の北京五輪で「右膝」の前十字靭帯を断裂し、再建手術を受けています。右膝には手術の痕が残り、長いリハビリを経てようやく復帰しました。

アスリートにとって、片方の膝に古傷がある場合、無意識にもう片方の足(健常側)に負担をかけてしまうことは珍しくありません。今回、左膝にこれほどの重傷を負ってしまったことで、彼女は「両膝」に爆弾を抱えることになってしまいました。

今後の選手生命を考えた時、両膝の靭帯再建というのは、極めて過酷なリハビリと精神力を要する、いばらの道となります。

3-3. 痛み止めでも抑えきれなかった激痛とギリギリの決断

近藤選手は診断を受けた後も、最後まで出場を諦めませんでした。

「北京のことがあったから、今回は絶対に欠場という選択をしたくなかった」

その一心で、おそらく強力な痛み止めを服用し、テーピングで膝をガチガチに固めて、6日の練習に参加したのでしょう。しかし、ジャンプの着地衝撃は体重の数倍から十数倍にも及びます。靭帯が機能していない膝でそれに耐えることは、物理的に不可能でした。

「トライする気持ちを最後まで見せたかった」

「納得できる形で終われるように」

彼女のこの言葉は、単なる「棄権」ではなく、自分自身との戦いに決着をつけ、勇気を持って「撤退」を選んだアスリートのプライドの叫びだったのです。

4. ビッグエアは出場できるのか?残された可能性と厳しい現実

スロープスタイルの予選は終わりました。しかし、五輪のスケジュール上、近藤心音選手にはもう一つの種目、「ビッグエア」が残されています。

ビッグエアの予選は、スロープスタイル予選の1週間後、2026年2月14日に行われます。現時点で、彼女はエントリーリストに残っていますが、果たして出場は可能なのでしょうか。

4-1. エントリーは継続中だが…医学的見地から見る出場の是非

結論から申し上げますと、出場は「極めて困難」、率直に言えば「不可能に近い」と言わざるを得ません。

前述の通り、彼女の左膝は前十字靭帯や半月板が損傷しており、歩行すら困難な状態です。わずか1週間で靭帯が再生することは医学的にあり得ません。

ビッグエアは、スロープスタイル以上に「一発のジャンプ」に全てをかける競技です。助走のスピードも速く、滞空時間も長い。その分、着地時の衝撃はスロープスタイルの比ではありません。

もし、今の状態で無理に出場し、再び着地に失敗すれば、膝関節が完全に崩壊し、将来的に歩行障害が残るような取り返しのつかない事態になりかねません。医師団がストップをかけることは確実でしょう。

4-2. 「最後まで心折れずにやり切った」本人の言葉に隠された真意

近藤選手のインタビューでの発言にも、事実上の「大会終了」を示唆するニュアンスが含まれていました。

「最後まで心折れずにやり切ることができた」 「皆さんに申し訳ないではなく、よく頑張ったと言ってもらいたい

この過去形の表現は、彼女の中で今回のミラノ五輪という挑戦に対し、一つの区切りをつけたことを意味しているように聞こえます。

もしビッグエアへの出場意欲が残っているのであれば、「次は必ず」や「まだチャンスがある」といった言葉が出るはずです。しかし、彼女の言葉からは、無念さを受け入れつつ、今の自分ができる精一杯(=スタート直前まで諦めなかったこと)を全うしたという、ある種の達成感すら感じられました。

4-3. ネット上の祈りと現実的な撤退論:ファンの葛藤

それでも、ファンの心情は複雑です。

《ビッグエアだけでも出てほしい》 《奇跡が起きて滑れるようになってほしい》

そう願う声がある一方で、彼女の将来を案じる冷静な声も多く見られます。

《これ以上無理をしてほしくない》 《まだ22歳。選手生命をここで終わらせないで》 《勇気ある撤退もまた、一流の証だ》

現時点では公式な「欠場発表」はありませんが、彼女の容態を考えれば、数日中に何らかのアナウンスがあると思われます。ファンとしては、どのような決断であれ、彼女の意思を尊重し、静かに見守ることが最大の応援になるでしょう。

5. 近藤心音は怪我が多いのか?理由はなぜか:競技の過酷さと因縁

今回のニュースを受け、「近藤心音選手は怪我が多い」という印象を持った方もいるかもしれません。北京に続きミラノでも。なぜ、彼女ばかりがこれほどの試練に見舞われるのでしょうか。

5-1. 北京五輪から続く「直前の悪夢」:メンタルとフィジカルの因果関係

近藤選手のキャリアを振り返ると、確かに重要な局面での怪我が目立ちます。

  • 2019-2020シーズン:イタリアW杯で前十字靭帯断裂
  • 2022年北京五輪:公式練習で右膝前十字靭帯断裂
  • 2026年ミラノ五輪:公式練習で左膝複合損傷

これは単なる「不運」でしょうか。スポーツ心理学の観点では、過去のトラウマが筋肉の硬直を招き、パフォーマンスを低下させることが知られています。特に「五輪直前の公式練習」という、4年前と全く同じシチュエーションが、彼女の深層心理に強烈なプレッシャーを与え、普段ならリカバリーできる体勢でも、身体が過剰反応してしまった可能性があります。

5-2. フリースタイルスキーという競技が抱える構造的なリスク

また、個人攻撃をする前に、この競技自体の危険性を理解する必要があります。

フリースタイルスキーは「雪上のアクロバット」とも呼ばれますが、やっていることは「ビルの3〜4階から飛び降りながら回転し、氷のような斜面に着地する」行為の繰り返しです。

男子選手ですら怪我が絶えないこの競技において、女子選手が受ける身体的負担は計り知れません。近藤選手に限らず、多くのトップ選手が膝の靭帯断裂や脳震盪などの大怪我と隣り合わせで戦っています。「怪我が多い」のではなく、「怪我をせずに生き残ること自体が奇跡に近い」競技なのです。

5-3. 幼少期からの激闘の代償:天才スキーヤーが背負った十字架

長野県白馬村で生まれ育ち、3歳からスキーを始めた近藤選手。元スキーヤーの父の影響を受け、早くからその才能を開花させました。

しかし、「天才」と呼ばれる裏側で、彼女の身体は長年の酷使により悲鳴を上げていたのかもしれません。成長期の激しいトレーニング、度重なる怪我と手術、そしてリハビリ。

古傷を抱えながら、騙し騙し戦ってきた身体が、オリンピックという極限の負荷がかかる場面で限界を迎えてしまった——。そう考えるのが自然かもしれません。

まとめ:彼女の戦いはまだ終わらない

ミラノの空に散った近藤心音選手の夢。

しかし、彼女がこの4年間、北京の絶望から立ち上がり、再び五輪代表の座を勝ち取ったという事実は、決して消えることはありません。

今、彼女に必要なのは、結果に対する批判ではなく、心身の傷を癒やすための十分な時間と、私たちの温かいサポートです。

「よく頑張った」

彼女が望んだその言葉を、心からのリスペクトと共に贈りたいと思います。